柳宗理の「手からうまれるかたち」

2010年 08月 16日1:45 am @ 小川 裕子

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柳宗理の「手からうまれるかたち」

最近、理由あって柳宗理氏について調べている。エッセイや特集されている雑誌、展覧会の図録などを集めて読んでいる。タイトルの「手からうまれるかたち」というのは2008年に広島市現代美術館で開かれた柳さんの展覧会のタイトルだが、このタイトルは柳さんのデザインにとてもしっくりくるタイトルだなと思ったので使わせてもらった。

柳さんのデザイン・プロセスは、いきなりワークショップでカタチをつくるところからスタートする。ワークショップとは工房のことで、柳デザイン研究所は整然と机とコンピュータが並んだ事務所ではなく、職人の工房のように道具や製品がところ狭しと並んでいるそうだ。

いきなり紙とペン、もしくはコンピューターで図面を引くプロセスではいいものができるはずがない。という柳さんの事務所では「手で考える」ということを実践されいてる。これは柳さんのつくったプロダクト製品を見ると腑に落ちるところがある。例えばYanagi Soriの手持ち鍋なんかは、握ったときの感触や重さが心地いい。鍋のカタチも単純な幾何学ではなくて柔和さや優しさが感じられる。こういうカタチは頭で考えていてもできるものではない。

柳宗理氏の父親は、日本の民藝運動を引っ張った柳宗悦。小さい頃から父親のコレクションの民藝品に囲まれて育った。民藝とは、柳宗悦がつくった造語で、英語のFolk Crafts. 民族文化、地域文化の中から生まれたもの。例えば陶器や籠やテキスタイル。駒場にある日本民芸館に行くと柳宗悦が集めた民藝が見られる。ここの建物は柳宗悦の私邸だったもので、とても立派な建物だ。そこには時代や地域を超えてきたものたちが並べられている。韓国の陶器、沖縄のテキスタイル、江戸時代の伊万里。どこが不安定なカタチや年季の入った存在感がとってもよい。

民藝は「無意識の美」だと柳宗理氏は言っている。作る人と使う人が一体となり、その時代のその土地の人たちが必要なものを残し、無駄なものをそぎ落としていく過程で現れてきた美。それを健全な美ともいっている。健全な考えのもと生まれてきたカタチ。すなわち健全なデザインは健全な社会から生まれる。隣の人が何を考え、何に困っていて、何を必要としているのか。そんな日常のコミュニケーションがデザインのあり方やカタチを変えて行くこともあると思う。

この「手からうまれるかたち」ということばには「本当の美は生まれるもので、つくりだすものではない。」という柳さんの造形哲学が凝縮しているように思う。

駒場にある日本民芸館の外観

駒場にある日本民芸館の外観

柳宗理氏が日本民芸館50周年を記念して制作したモニュメント

日本民芸館50周年を記念して柳宗理氏が制作したモニュメント

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