「つくばチャレンジ」というイベントを知っているだろうか。
つくばチャレンジは、ロボット技術の向上を目指した、技術発表会・技術研究会で、人が行き来する公道上にコースを設定し、自立行動するロボットを規定の時間で走破させる技術を競い合う。 大学や企業のチームが対等の立場で競うことのできる大会だ。
このつくばチャレンジそのものは、結構、(‥‥いや相当に)無茶なもので、 技術者や学生が周囲を介助するとはいえ、 ロボットが公道を、それも人の往来がある道を、実際に走行させてしまう。
(しかも、人がロボットを操縦するのではなく、搭載されたセンサー制御によってロボットが自立走行する )
ところが、実際の公道をロボットが自立走行するためにはさまざまなことを考慮しなければならない。
通行人が急に飛び出してきたらどうするか? 急にロボットが暴走したらどうするか? そもそもロボットは右側通行なのか、左側通行なのか? 多くのことが決まっていないのだ。
他にもまだまだ実際に人とロボットが行き交う上で考えなければならないことがある。 それを考える上ためにはどうすれば良いのか。つくばチャレンジはその答えの出しかたの一つとして、実地に近い環境で取り組む。そこからシミュレーションでは見えてこない、多くの実際問題が明らかになってくる。
ここで言う「ロボット」について少し補足しておきたいと思う。元東京大学教授で、現在は慶應義塾大学の教授をされている舘暲(たち すすむ)先生は、ロボットには二つの種類があることを指摘している。
一つは自分の延長としてのロボット、
もう一つは他者としてのロボットだ。
「自分の延長としてのロボット」というのは、たとえばロボットスーツや遠隔操縦できるロボットアームのようなものを指す。
このロボットは操縦者(操作者)のやりたいこと、やろうとしていることを強化してくれる。
人工知能などで複雑な手続きを介助してくれることはあっても、ロボットの存在意義は操縦者のやりたいことを実現することにある。
もう一つのロボット、「他者としてのロボット」については、アトムのようなものがわかりやすいだろう。自律した思考を持ち、人と対話をするロボットを指す。
今、我々の社会の中にあるロボットは、ほとんどが「自分としてのロボット」だ。
セグウェイのような乗り物は、実際にはロボットと言っても差し支えのないほど高度な制御システムが搭載されているが、自発的にどこかに行きたいとは考えることはない。乗っている人の意思に基づいて動作する。だから、何かトラブルを起してもそれは操縦者の責任になる。
このつくばチャレンジは、それに対して自律的に行動するロボット(とそれを開発する研究者・開発者)が主役なのだが、実は自律ロボットが社会の中に入っていくためはロボットそのものだけではなく、社会の仕組みそのものが未整備だということに気付かされる。
人とロボットが接触したら誰が悪いのか? ロボット同士がすれ違う時はどちらが優先か? など。実はどこにも決まりがない。なぜならば、まだそういう社会になっていないからだ。
もし、社会が変化してからいきなりルールをつくったとしても、ルールをつくる前にできたロボットはそれに対応できない。それでは社会での役割を果すことはできないだろう。
だから、今のうちからルールをつくることが、ロボットそのものを発展させるのと同じくらい大切になるのだ。
このレポートでは、次回から11月20日から21日にかけて開催された「つくばチャレンジ2009」について報告していこうと思う。
【オススメ書籍】
◎ロボットという言葉を生んだ古典。この本が無ければアトムもガンダムも誕生しなかったかも?
『ロボット』(カレル・チャペック 著/岩波文庫 刊)
(しかも、人がロボットを操縦するのではなく、搭載されたセンサー制御によってロボットが自立走行する )
ところが、実際の公道をロボットが自立走行するためにはさまざまなことを考慮しなければならない。
通行人が急に飛び出してきたらどうするか? 急にロボットが暴走したらどうするか? そもそもロボットは右側通行なのか、左側通行なのか? 多くのことが決まっていないのだ。
他にもまだまだ実際に人とロボットが行き交う上で考えなければならないことがある。 それを考える上ためにはどうすれば良いのか。つくばチャレンジはその答えの出しかたの一つとして、実地に近い環境で取り組む。そこからシミュレーションでは見えてこない、多くの実際問題が明らかになってくる。
ここで言う「ロボット」について少し補足しておきたいと思う。元東京大学教授で、現在は慶應義塾大学の教授をされている舘暲(たち すすむ)先生は、ロボットには二つの種類があることを指摘している。
一つは自分の延長としてのロボット、
もう一つは他者としてのロボットだ。
「自分の延長としてのロボット」というのは、たとえばロボットスーツや遠隔操縦できるロボットアームのようなものを指す。
このロボットは操縦者(操作者)のやりたいこと、やろうとしていることを強化してくれる。
人工知能などで複雑な手続きを介助してくれることはあっても、ロボットの存在意義は操縦者のやりたいことを実現することにある。
もう一つのロボット、「他者としてのロボット」については、アトムのようなものがわかりやすいだろう。自律した思考を持ち、人と対話をするロボットを指す。
今、我々の社会の中にあるロボットは、ほとんどが「自分としてのロボット」だ。
セグウェイのような乗り物は、実際にはロボットと言っても差し支えのないほど高度な制御システムが搭載されているが、自発的にどこかに行きたいとは考えることはない。乗っている人の意思に基づいて動作する。だから、何かトラブルを起してもそれは操縦者の責任になる。
このつくばチャレンジは、それに対して自律的に行動するロボット(とそれを開発する研究者・開発者)が主役なのだが、実は自律ロボットが社会の中に入っていくためはロボットそのものだけではなく、社会の仕組みそのものが未整備だということに気付かされる。
人とロボットが接触したら誰が悪いのか? ロボット同士がすれ違う時はどちらが優先か? など。実はどこにも決まりがない。なぜならば、まだそういう社会になっていないからだ。
もし、社会が変化してからいきなりルールをつくったとしても、ルールをつくる前にできたロボットはそれに対応できない。それでは社会での役割を果すことはできないだろう。
だから、今のうちからルールをつくることが、ロボットそのものを発展させるのと同じくらい大切になるのだ。
このレポートでは、次回から11月20日から21日にかけて開催された「つくばチャレンジ2009」について報告していこうと思う。
【オススメ書籍】
◎ロボットという言葉を生んだ古典。この本が無ければアトムもガンダムも誕生しなかったかも?
『ロボット』(カレル・チャペック 著/岩波文庫 刊)

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