text:常盤拓司
我われは日常生活の中で「Reality」という言葉をしばし ば使用する。「リアリティがある」という表現はその典型的なものである。
この表現の意味や趣旨を別の言葉に無理矢理変えると「( 指摘しようとする対象には )本物のような感じを与える力がある」という表現になるだろう。
Realityを感じる主体が誰なのかが不明瞭なのでこのような表現になるが、ここには対象が実物かどうかという判断は含まれていない。つまり、張 り 子だろうとなんだろうと、本物のような感じをそれを見た人が受ける、あるいは受けそうだと判断できれば、それは「 リアリティがある」ということになるのだ。また、このRealityを十分に持つものがリアルなものと言えるだろう。
東京大学の舘 暲( ススム )教授は、2002年にその著書『バー チャルリアリティ入門』( ちくま新書 刊 )の冒頭において、『American Helitage Dictionary』を引くと” real “という言葉の対義語は” imaginaly “で、その対義語群に” virtual “という言葉が含まれているということを指摘している。つまり、” real “と” virtual “は対義語ではなく、近い意味をもつ。しかし、語義がそうだとしても、どうも感覚的には理解しにくい。そこで、少し頭の体操をしつつ、このことを掘り下げ てみよう。
センサの搭載されたロボットを思考の便宜上導入する。このロボットは壁を伝わって移動することが目的になっている。ロボットには、移動するための一通りの 駆動装置と、壁を検出するためのセンサ、そして制御のためのコンピュータが搭載されていてる。センサは何かが当たるとそのことをコンピュータに伝える。コ ンピュータはセンサから伝えられた情報からそこに壁があると判断し、次の行動を行なう。
このロボットにとってセンサはロボットの外部世界 の状態を知るための唯一の手段である。 そしてロボットにとって壁はセンサへの刺激であり、センサへの刺激は壁である。
このロボットをだますにはどうすればいいだろうか?
この場合、ロボットをだますという行為は、ロボットに偽物の壁を認識させ、行動させることである。だとするならば、だますためにはこのセンサに触れ ればよい。
そうすれば、ロボットは壁があったと見なしてそれに応じた行動をするだろう。ただし、この手による刺激はセンサにとってちゃんと壁と認識されるよう な性質をもった刺激でなければならない。
( ちなみに、別の方法で騙すこともできる。センサを刺激するのではなく、コンピュータとセンサを接続している部分を改造して別の回路を組込み、センサの出力 するのと同じ信号を送る。リモコンか何かで外部からこの回路の出力を制御すればよい )
この偽物の壁として認識される刺激の性質が、Realityと呼ぶものである。この「リアリティがある」刺激であれば、本物の壁であろうと、いたずらで伸 ばした手であろうと、ロボットにとっては壁そのものである。
ロボットのシステムの中にだけ作り出された壁が、ロボットにとってのVirtual な壁である。
このロボットを人間に置き換えるとセンサは五感に、コンピュータは脳にそれぞれが対応する。
もちろん、人間は前述のロボットのように単純なものではない。非常に多くの感覚器を持っている。感覚器は相互補完的に機能し、脳に情報を送っている。
我われの脳は、これはこれでさらに複雑で高性能な仕組みを持ち、感覚器から送られてきた情報を統合し、過去の経験と照らし合わせて欠落した情報を補 完したり、増強したりしている。そして最終的に判断をしている。
しかし、このような高次の仕組みは脳のレベルでのことである。感覚器のレベルでは、ロボットと同じように、基本的にはその感覚器にとってリアリティ がある刺激であれば、それを正しいこと、実際のこととして脳に命令を送る。
また、逆に脳の高次元の仕組みがあることで、だますことの難しい感覚については、他の複数の感覚をだまし、脳での最終的な処理の段階でだますという こともできる。だまされた結果生み出されるのが、” Virtual ” である。
このように考えると、我われ人間が行う世界の理解の仕方は、実は脳と感覚器という仕組みから見ると、実は Virtual が基本にあると考えられる。
この Virtual は実際のその人の周囲の世界と一致しているのは、たまたま、周囲の何か( 先のロボットにとってのいたずらをする人 )が存在しないということを揺るぎない前提としているからに過ぎない。そして周囲にあるものや周囲から受け取る刺激が、その感覚器にとってリアリティがあ るということに過ぎないのだ。


2009年 01月 08日 → 1:06 pm @ anonymous
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